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辻潤と女たち・・・Nouvell Vague

辻潤の評伝めいたものが何冊かあるが、ボクが買い求めたのは下記の2冊。



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「評伝辻潤」(71年、三一書房刊) 定価1,300円。

「ダダイスト辻潤」(84年、論創社刊) 定価2,000円。

著者はいずれも玉川信明という人で、辻潤とは40歳以上も下になるが、辻潤に憑かれて、他にも何冊か辻潤関連のものを書いている。

で、辻潤とは70年近く年下のボクがやはり憑かれたように読んでいたわけだ(笑)



前者はオーソドックスな評伝。後者は辻潤とかかわりのあった女性たちに多弁を労しているが、中身は同じだと思えばよい。

辻潤の一生はひとつしかないのだから、当たり前な話だけど。



辻潤は3度結婚している。

その3人が3人とも押しかけ女房というのが面白い。



最初の妻は伊藤野枝で彼女は10代。辻潤は29歳だ。

2人の子供があり、長男は「辻まこと」で、後年有名になった。

次男は南方戦線に送られて戦死している。



2番目の妻は小島清。

女学校を出てすぐの頃だから、二十歳になるかならい頃だ。

辻潤のほうは30代後半。

伊藤野枝のとき同様、数年間の同棲の後籍を入れていいる(辻39歳)

このあと、辻潤は女性に対して放蕩無頼になるので、清は1,2年で家を出る。

辻との間に子供(男子)がひとりいる。

辻と分かれた後再婚するが、その後も手紙のやり取りがあり、現存している。



最後は40代後半の辻の元へ押しかけ女房になった松尾季子。

彼女も二十歳そこそこ。

彼女の第一印象は「汚い。頭の禿げた、汚れた歯の年寄り」だったそうだ。

それが彼女のほうから押しかけて関係を持つのだから、男と女はワカリマセン。

このころの辻潤は貧乏のどん底にあり、彼女が妊娠したと知るや、堕ろさせている。

で、結局彼女も逃げ出す。



37歳のとき、高野山に登り、ここの宿坊で出会ったのが「白蛇姫」(あえて名は伏す)。

彼女は当時20歳そこそこの学生。

一目ぼれした辻潤はぞっこんで口説いたらしいが、まだ存命だった彼女の口から関係は断じて有り得ないと、きつい口調で釘を刺されたと玉川信明は書いている。

当時、世間では関係があったという噂が専らだったらしい。



以上4名が、辻潤の世界に関わる主要な女性たちで、関係した女性となると数え切れない。



生涯、貧乏生活者で晩年は乞食同然だったのに羨ましい限りだ。





戦前の女性は貞操観念が固く、親が決めた相手と結婚していたと習ったが、これはどうやら「自虐史観」のようだ。

実にたくましく、自由奔放に恋愛している。



晩年の辻潤は放浪生活者だったので、資料が無く、伝記作家泣かせだが、昭和18.9年ごろの貴重なエピソードが記されている。



暗黒舞踏に興味がある人なら聞いたことがあるはずだが、石井漠の家に甘粕正彦が訪ねてきて、「不自由なことがあればなんでもおっしゃって下さい。私が援助しましょう」と言ったそうだ。

彼は大杉栄・伊藤野枝惨殺事件で数年間刑務所暮らしをし、出所後は陸軍参謀本部に出世して、満州国の陰の立役者として強大な権力をもっていた。



本来なら、大杉・伊藤惨殺事件は、闇から闇へ葬られるはずだったんだけど(そういう時代)、虐殺された6歳の橘宗一が米国籍を持っていたため、アメリカが問題視したので仕方なく表沙汰になり、裁判を行ったというのが真相だ。



話を元に戻すと、このとき辻潤が予告も無く現れたそうだ。

2人とも初対面だが、新聞で顔は見知っていた。

一瞬睨みあい、火花が散ったが、辻潤はそのままモノも言わずに悠々と次の間に移っていった、とは居合わせた橋爪健の証言。



先にも書いたように、昭和3年パリにでかけた辻潤はほとんど外出しなかったが、パリのカフェでルイ・アラゴンやトリスタン・ツァラと会い、談笑している。

この頃はダダは死に、2人はシュールレアリストだ。

パリの新聞に出たという辻潤の似顔絵。

解説が無いので、誰が描いたのか分からないが、ルイ・アラゴンだったら面白いな~。





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学歴としては尋常小学校卒にもかかわらず、東大出の武林夢想庵と宮島資夫とは最後に別れるも終生の友人。

萩原朔太郎、谷崎潤一郎とも友人。

辻の尽力で世に出た人に、伊藤野枝のほか、林芙美子や宮沢賢治がいる。



少し長いが、大正14年までの彼を知る文章があるので書き写す。

喘息の発作に襲われながら病院代もないので、見かねた卜部哲次郎が後援会を組織して金策に走る文章。(一部割愛して3分の1にまとめる)。



「駄々先生は当代の高士なり、夙に無常を悟り、既に無漏を得たり。富と仁と与(とも)に此れを越え陋巷に晏如(きゅうじょ・・やすらかなこと)として管(尺八のこと)を弄す。高風清月の士とやいわん。

先生は江戸蔵前の産、幼にして頓悟、(とんご・・悟りを開くこと)、時明治の初期に当たり家運傾ける間に有ってきゅうきゅうとして業を修む。また努めたりというべし。長ずるに及んで学古今を貫き、識東西を渉る、敢えて膝を権門に屈せず中途志を得ずして、終に市に隠る。一に先生の性行を然らしむる所ならんも、亦濁世この人を識る無きに依らずんばあらず。此れより後あるいは東京浅草の狭巷を出で、舞伎を演じ、あるいは西京叡山の淨境に入って聖道を修む。飄々として風の如く来たり飄々として風の如く去る、奇矯人の意表に出ずること多く、風来山人の後、始めて斯の人あり。先生の名漸く世に現る。」



ようやく半分だが、疲れたので以下は略す。




文学に興味のない人にはうんざりだろうから、綺麗な朝顔を見ましょう。

適当に買ってきた朝顔の種だが、白が2種類、赤も2種類だった。

違いが分かるかなあ~




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3日がかりで剪定した庭木。

職業選択を間違えたのだ~(笑)





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今日の音楽は何も考えてない。

Léo Ferré の Amour Anarcy があればいいんだけど、投稿がない。

なので、関係ないけど Nouvell Vague によう。

可愛いくて可愛いくてしようのない Nadea ちゃんが見られるからだ。

Nouvelle Vagueー Master & Servant

https://youtu.be/zzRvjUW9fVY



もう1曲。

曲としてはこちらのほうが優れているRoad To Nowhere。

https://youtu.be/tMJu4e0V08U
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マイナーな60年代ビートミュージックと駄洒落、読書レビュー。

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