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織田作之助「猿飛佐助」・・・The Amoeba

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日本本土が最初に空襲を受けたのが昭和19年11月24日。

もっとも、九州のほうは、6月に、成都(三国志ファンならば、蜀の都とすぐ分かるはず)から飛び立ったB29が福岡の八幡製鉄所を爆撃している。

成都からの爆撃は北九州が限界だったので、グアム、サイパンを攻略した米軍は、ここからB29による本格的な空襲を始めるのだが、日本の都市が、木と紙で出来ていることに着目して、焼夷弾による焼き討ち作戦を本格化したのは昭和20年3月10日の東京大空襲から始まる。

このとき死者は10万人を越し、被災者は100万人を越えたと言われる。

猛火に追われた人々が次々に隅田川に飛び込み、溺死者は数知れずという。

いま、浅草とうんこビルをつなぐ吾妻橋には慰霊のプレートがかかっている。


そんななか、昭和20年2月から3月にかけて「新潮」と「新文学」に発表されたのが、織田作の「猿飛佐助」だ。

鬼畜米英を撃つ、戦争鼓舞以外の言論が非国民として、発禁処分になる時代なので(すでに昭和16年の「青春の逆説」が発禁処分を受けた苦い経験がある)、洒落だらけの戯作に徹していて、異色の作品。

すこぶる面白い。

東京大空襲を経験した3月以後、こうした作品は2度と書かれていないので、唯一無二の作品ということになる。

権力や時局に媚びるのは馬鹿馬鹿しいし、大阪庶民の当時の風俗を写し取ろうとすれば発禁の恐れがある。

ネトウヨ全盛の現今もそうだが、独裁権力やネトウヨ風潮に正面切って戦いを挑んでも潰されるだけだ。

笑い飛ばして、時代の潮流が変わるのを待つのが庶民の身の処し方としては賢明だ。



猿飛佐助といえば、忍者の中の忍者、いまも昔もアイドルだ。

その佐助を、織田作は、あばた面で自意識過剰と自己嫌悪の同居する近代人として描いている。

佐助に忍術を教える師匠が、鳥人(超人の駄洒落)戸沢図書虎(ツアラツストラ)。

火遁、水遁、木遁、金遁、土遁の忍術のほかに、飛行術まで教えるので「鳥人」というわけだ。


どんな駄洒落文章かというと、

「覚えた経(今日)が飛鳥(明日か)の流れ、三途の川へ引導代り、その首貰った、覚悟しろ」

さすがだなあ~と感心しませんか?


軽佻浮薄を自認している2人、猿飛佐助と石川五右衛門が名乗りを上げるシーンでは、まず佐助が「あ」の字尽くしの名乗りを上げると、五右衛門のほうは得たりやおう、と「い」の字尽くしで返す。

ちょっと長い引用になるがこんな具合だ。



「『十」六夜う(いざよう)月も「石」山の、「乾」(いぬい)にかくれて「一」寸先を、「い」ざりも這えぬ暗闇に、かくれてことなす「い」か者は、「石」川や浜の真砂の数あれど、「石」の上にも三年の「伊」賀で覚えし忍術を、「い」ざ鎌倉のその時に、使えば「い」かな敵もなく、「い」つも月夜と米の飯、「石」が流れて木の葉が沈む、「今」太閤の天下をば、「命」をかけた「陰」謀の、「意」地ずくどりの的にして、「命」知らずの「一」味郎党、「一」蓮托生の手下に従え、「一」気呵成に奪わんと、「一」騎当千の「勢」いの、「帷」幄(いあく)は東山南禅寺、「一」に石川、二に忍術で、三で騒がす、四に白浪の、五右衛門と噂に高い、洛中洛外かくれもなき天下の義賊、石川五右衛門とは俺のことだ」



歌舞伎なら大向こうから声がかかって、大見得を切るシーンですね。

そんな佐助にも胸に秘めたる女人がいて、村イチバンのいい男はオレだ~と自負していたのに、祭りの夜、村イチバンの醜い男はあばた面の佐助だという村中の評判を聞き知り、恥ずかしさのあまり、逐電して戸沢図書虎(ツアラツストラ)から忍術修行を受けるのだが、この女人、なぜだか佐助に恋して後を追ってくる。

しかし、佐助はアバタが醜いと思い込んだ自意識過剰な男。

ばったり出会った女嫌いの三好清海入道に彼女を押し付けて上田の真田幸村の元へと急ぐ。

石田三成挙兵の報を聞いたからだ。

三好清海入道と彼女の絡みも抱腹絶倒だが、割愛する。

本を読んでくれ。



この作品が収録された「織田作之助名作選集4」(昭和31年、現代社)の表紙と奥付。




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60年代テキサスの Amoeba。

65年の作品で Lost Love です。

サーフでガレージでサイケなキラーナンバーだ。

https://youtu.be/4CJ_TRBuBpI





ところで、ネットを探してもバンド情報が全く出てこない。

頼りにしている Discogs のレコード情報では65年8月にリリースとあるが、65年の盤はいくら探しても映像が見つからないのだ。

未発のママ埋もれていたのを再発見したんじゃないかと想像したくなる。

2001年にメキシコの Orfeon から出たシングルがイチバン入手しやすいんじゃないかと思う。


写真は収録された14年ギリシャの G.O.D.(Garden Of Dreams) Records のコンピだが、この弱小会社は300~500枚しか出荷しないというので、手に入れるのが苦労しそうだ。
 




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マイナーな60年代ビートミュージックと駄洒落、読書レビュー。

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